防災ってめんどくさい?(芦家幸菜)

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私は、身近な人が死んでしまうことの恐怖を日常の中でよく感じる。
例えば、母が買い物に出かけた時、父が趣味の釣りに出かけた時、弟が部活動の合宿に出かけた時、このまま会えなかったらどうしようという考えが自然に頭に思い浮かんでしまう。
最近、交通事故や殺人などで大切な人を失い、苦しんでいる遺族の方のニュースをよく見る。そのニュースを見て、もし自分だったらどうしようと思うと思わず見入ってしまう。きっと遺族はやり切れないだろう。殺人、交通事故などは人の力では未然に防ぐことができないからだ。しかし災害はどうだろう。地震や大雨などの天災が起こってしまうことは仕方ない。でも事前に防災用具を家に揃えたり、避難ルートを確認したり、地域の人と非常時に協力しあえる最低限の関係を築く努力を日々行っていれば、助かる命、救える命はきっとある。なぜその努力、備えをしないのか。「めんどくさいから」「まぁ大丈夫だろうと思っているから」、災害への備えをしていない人の多くはそう言うだろう。私はそのような表面的な理由の奥底にあるみんなの災害への考え方を知りたい。なぜめんどくさいのか。なぜ大丈夫と思うのか。
こんなことを語っていながら、実は私の家にも防災用具の備えはない。私がもしもの時のために防災用具を持つべきだと言っても、父母は「そのうちするよ」と言う。私は今の我が家の状況が不安でたまらない。なぜみんなこの災害大国の日本に住んでいるのに災害への備えをしていないことに切迫した危機感を抱いていないのか。私の家族を含めて心から知りたいと思う。それを知った上で、どのような伝え方をすれば、防災が自分、そして自分の大切な人を守るために必要な行動なのかを心の底から分かってもらえるのかを考えたいと思った。また本当の意味での理解、共感から生まれる防災への意識が多くの人々に芽生えることは自分の命や自分の大切な人の命、誰かの大切な人の命を守ることにつながると思う。