気持ちを持ってきましたよ、ってだけで……(佐治千恵美)

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ボランティアは自己満足ではないか、本当に相手の役に立っているのか、金銭の絡んだ方が自分にも相手にも意味のある行動になるのではないか。

私はボランティアのあり方に疑問を持っている。そこで今回はひょうごボランタリープラザの所長を務める高橋守雄さんにインタビューを行った。

若い世代は災害ボランティアに参加するべき……?

始めに高橋さんは資料を用いながらボランティアの現在の活動状況を話してくれた。

「阪神・淡路大震災時は皆さんのような若者が入ってくれた。10、20、30、40代の人が8割、9割を占めた」

「阪神・淡路大震災が起こった1995年は全国のボランティア登録数が500万台をのった」

「日本のボランティア市場が一番ピークになったのは2011年の東日本大震災。およそ867万人。東日本大震災時から8年6か月間に登録人数が170万人減っている」

「兵庫県が全国で初めて、いつ災害が起こっても若い人たちが5人以上のグループで活動するときに旅館代・交通費を最大20万円補助しましょうという制度を設けた」

「ぜひ若い力で兵庫県がボランティア活動に支援していることを広めてほしい」

阪神・淡路大震災では多くの若者が参加した。現在ボランティアの登録人数が東日本大震災をピークに減少している。だから多くの若者にボランティアへの興味を持ってもらい活動人数が増えてほしい、と言っているようだった。

私は少々違和感を抱いた。確かにボランティアに興味を持つ人が増えることはいいことだ。しかし、活動する人がたくさんいればいいわけではない。たくさんいると仕事の割り振りは難しくなり、各自考えに違いがあるから衝突が起きやすくなる。強く思いを持った人だけが活動した方がよいのではないか。そう思うのである。

ボランティアの重複

だから、災害ボランティアがいて困ること、課題はあるのかと質問した。ボランティアの重複は課題だ、と答えてくれた。

ボランティアの重複とは、ボランティアの支援センターを介して活動する団体と活動しない団体が存在することや週末に人が集中することで、活動内容が被り不完全燃焼のまま帰る人が現れてしまう、という問題だ。

やはり活動人数が多いと問題が発生する。ボランティア支援センターを介するか介さないかにより、また特定の場所や週末に人が集中することにより、人数が受け入れ側の予定より増えた。高橋さんは、ボランティアを受け入れる方のさばき方に課題があるんだと言っていた。しかし、活動人数が増えすぎることは活動する側、被災者の両方にとってマイナスなのではないだろうか。

なぜ1995年はボランティア元年と呼ばれるのか

阪神・淡路大震災の起こった1995年はボランティア元年と言われる。なぜそう呼ばれているのだろうか。

阪神・淡路大震災では、5年2か月で216万人ものボランティアが来た。東日本大震災では8年7か月で156万人。ボランティア数の多さがわかる。

216万人の8割が若者であること、遠くからやってきたこともボランティア元年と呼ばれる理由だそうだ。地域内の支え合いだけでなく、県外から大きな荷物を背負ってやってきた。その勇姿に感動した人が名付けたのだろう。

阪神・淡路大震災の起こった1995年がボランティア元年と呼ばれているが、東日本大震災の起こった2011年は「企業ボランティア元年」と呼ばれているとも教えてくれた。

企業はCSR(※)活動の一環として行うらしい。企業の団体力・資金力はボランティア活動にとって魅力的である。しかし、時代の要請に応じた活動でしかない可能性もあり、個人でのボランティアは重要だそうだ。

※CSR…Corporate Social Responsibility 

利益の追求だけでなく、従業員、消費者、地域社会、環境などに配慮した企業活動を行うべきとする経営理念

若い人たちの存在

ボランティアの必要性を知るため、災害ボランティアに若者が参加するべきか、1回きりだとしても参加する意味があるか尋ねた。

「東北は高齢者が多く若者が少ない。笑顔と元気を届けてくれるだけでよい」

「被災者への気持ちを持ってきましたよ、ってだけで被災者は忘れられていないと感じることができる」

この答えに似たことを聞いたことがある。それは私が所属している農業ボランティアサークルで地域とサークルをつないでいる人に「私たちの活動でこの地域に変化はあるか」と尋ねたときのことだ。「若い子がたくさん来ていることで地域が活気づいた。若い子がいるということがお年寄りの元気の源」と言っていたのだ。

若い人が存在する。そんな単純なことで元気になれる。若者の重要性を感じた。

また、「先輩が築いてくれた環境の中で活動していれば、相手にとっては神戸の若い人が来てくれたという認識をしてくれる。だから、1回きりの参加でも役に立つ」とも答えてくれた。

団体のブランドと被災者の認識。今まで活動している自分に対してのみフォーカスしていたことを痛感した。

若者がいること、団体として被災者に寄り添った活動することの意義をインタビューで知れた。私も災害ボランティアに参加してみてもいいのかもしれない。

「他者の評価は気にしなくていいんじゃないかな」……?

続いて、ボランティアの活動しているときに感じる偽善性について質問した。活動していると、相手の役に立っていないのではないか、この活動は意味があるのかと感じることがあるのだ。

「他者の評価は気にしなくていいんじゃないかな」

「自分の自発性が大事。そこから満足感や達成感が得られればいいんじゃないかと思う」

聞いた瞬間は納得した。けれども、実際に活動しているときにはそう思えないのではないか。

実際に活動していると、相手の反応は気にしてしまう。どれだけ自発的に、役に立っていると思うことを行っても本当に役立つとは限らない。

もし、偽善性を感じながら活動しているのであれば、そのボランティアはやめるべきだ。

ボランティアの「人の役に立つ」とは

最後に、仕事とボランティアの違いについて尋ねた。

「机上の作業でない。自分から進んで、対価を求めずに行えて、役に立っていると実際に感じることができ、自分たちの成長を感じ取れる」

高橋さんはボランティアを受け入れる立場だけでなく、自身も積極的にボランティアを行っていた。来年の東京オリンピックのボランティアにも応募したそうだ。役に立っていると実際に感じられる、自分が成長できる、と強く言う高橋さんは、今までの自分の経験も踏まえて、本当に若者たちに参加してほしいのだろう。

私はまだ社会で働いたことがない(アルバイトとして働いたことはあるが)。だからまだボランティアの役に立つと仕事の役に立つ、の違いを体感できないのだろう。

将来働き出したらボランティアとの違いを感じられるだろうか。今はボランティアに対し迷いがあり、ボランティア活動に対して消極的な感情を持っている。しかしボランティアの良さを再認識し、積極的に活動を行えるようになれるだろうか。

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